銀座でインドカレー

イーストラニーhttp://gourmet.yahoo.co.jp/gourmet/restaurant//Kanto/Tokyo/guide/0203/P001071.html

平日夜なのに客は皆無。ややペーストきつすぎの本格インドカレー。カレー+ナン+サラダ+サモサ+マトンブリアニ+ドリンクで3,500円也とお高めなのが客が少ない理由とみた。銀座価格だあね。

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イノセンス見納め

6/25で上映終了につき、急遽本日見納めデー。12回目の来場、13回目。きりがよい。
もうあの大画面でオープニングや祭礼を見ることができないかと思うと落涙を禁じえない。
アイマックス、平日だというのに千客万来。目が肥えたファンばかり来ていた模様。

次にアイマックスに足を運んだとき、同じ感動が待っているのだろか。

参加意識の低いお客への

もういい加減慣れっことはいえ、何かを変革しようとするときの言い訳としてのあれができないこれができないそうはいってもねという言説にうんざりする日々。あのね、コンサルタントとして入ってるだけであってここは俺の会社じゃなくてあなたの会社なの。極端な話、私はあなたの会社の命運なんかどうでもよくてやばくなったら逃げるだけ。そんな輩に会社の命運を託すような物事を頼まないでくれ頼むから。できない言い訳は聞き飽きたからどうしたらできるかを考えようといってるの。お題にあがってないテーマについて半分ぼやきと茶飲み話の議論されても何も解決にも改善にも向かわないの。今日が晴れだから明日も晴れか。来年の同じ日付は同じ天気なのか。そんな予測が当たりっこないのに何の根拠もなく自分のいる組織の命運を楽天的にとらえるのはやめろ。とかいいたいことは山ほどあれど大人なので黙ってる。←ここに書いちゃったが。

物事を積極的に判断することで責任がかぶってくるのを無意識にみな回避しているということなわけだが、こうも露骨に責任のがれする人がそろうとこの会社の先行きもたいそう不安になるのだ。まあ私はやばくなったら逃げるだけ。コンサルタントはクライアントの器以上の仕事はできないのは百も承知だが、こうも参加意識の低い人ばかり集まると本当にろくなことないなと実感する。断言してもいいが、あなたがたの会社はこのままではじり貧だ。転げ落ちるときはあっという間なので、そうなる前に自覚を持て。

SOAの現実的な推進法

@IT:[Interview] CORBAの第一人者が語る“現実的なSOAの推進法”

SOA花盛りの昨今(すでにもう食傷気味)、ベンダのあおりではないコメントを探していたら
こういうタイトルに出会った。でもまあ実際は売り込み記事だったわけだが。
とどのつまり、既存のシステム投資をムダにしないようにラッピングして
メッセージングドリブンにつないでいく、というだけの話なわけだ。

ビジネスプロセスの可視化とそのためのBPEL利用が大流行だというのはとにかく、
特に日本企業でビジネスプロセスが確立していない現状に対する提言や議論が
ほとんど出てこないのはいつもながらストレスであって、こういうことを言っても
もうかるネタにはつながりにくいからどこも言わないのだろう。
かくして技術に疎いユーザー企業と製品を売り込みたいベンダのエゴがかみあわない
会話を生んで、効果のないSOA製品が導入されるわけだ。めでたしめでたし。

揚げ餃子の美味い店

ふと思い立ち、新橋のお気に入りの店に行く。月曜とあってがらがら。
この店で一番美味いのはいかにも古い油を使った風なのになぜか美味い揚げ餃子だ。
20個ほど食い終わってから、そういえば餃子におかしなものが混入されてるのが
事件になっていたことに気付いた。テレビも新聞も読まないとこういう動きにとんと弱くなる。
でもまあ気にするな。さらに10個食べて店を後にする。

激美味で激安のわりに流行らない店なので、みんなで行ってあげてくだちい。
私の紹介で、とか言うと長居できる時間が増えるかもしれない。

龍麺亭
http://www.geocities.co.jp/Foodpia/6118/index.html

blogは見出しと標題で淘汰される

書き出しが下手なblogエントリは読まれないものと思え。

blogエントリを読むだけで日が暮れてしまうので、最近は見出し読みばかりしている。はてなの場合は頭1000文字まで見出し表示できるので、よほど関心を惹かれないかぎりたいていはこのレベルで読んで済ませる。この読み方は一件効率的だが、いわゆるツカミとか書き出しの文章がへたっぴなエントリはせっかくいい内容が書いてあっても読み飛ばされるリスクもあるわけだ。まあこのエントリみたいなテキストと帯域の無駄遣いみたいな代物が世にあふれかえっているのを全部読む義理もないので、書き出しが下手なエントリはそもそも実力不足であったものとあきらめろ。

RSSリーダーの場合はさらに極端で、タイトル読みで終わるものがほとんど。これもまたタイトルつけるのが下手なエントリは軽く読み流されるわけで、数多あるブロガー(この言い方はあまり好きではない)は読まれるための工夫を無意識または意識的にしないと路上での独り言とやってることは変わらないので激しく要注意。

で、結局よく読むblogは初期に登録していた少数のうまい書き手に限定されるわけだ。温故知新。ちがうか。エントリに目を通す側の目は日々肥えてしまい刺激に疎くなり感覚が鈍磨する。そんな中で人気blogを保つのはけっこう大変な努力を要するはずだがまあ気楽にやってくれ。

もちろんありがちな本日の日記めいたエントリは、よほど読ませる工夫がないかぎり軽くスルーされる。速いだけ、工夫なし、垂れ流しのテキストは見る側によってはそのままゴミになるので注意。以上自戒をこめてみた。

大人用ドリルの購入層をあえて小馬鹿にしてみる

大人のドリルが120万部を突破したとのこと。何が売れるかわからないものだが、この手の書籍が出ることに常々違和感を持っている身として、あえてこれらの購入層を小馬鹿にしてみようと思う。

痴呆症対策とか老人ホームでのニーズがあるのはわかる。本人たちはもとより、周辺で介護されているみなさま(おそらく私には絶対できないので素直に尊敬する)にとって目に見える形でメリットがでるわけだし。だが痴呆でもなく老人でもないそこらへんにいる普通の大人がこれらを購入して首尾よく成果が出て脳の働きを活発にし、老化を防いだ先にすることはなにか。長生きできるようになるのかそりゃ結構。むやみに長生きしてそうでなくてもただでさえ上がつかえている日本の成長にさらにブレーキをかけるつもりか。痴呆が止まっても知識が向上するわけではないので、今の頭の悪さをそれ以上低下させないという迷惑レベル維持にとどまる活動であることに気付け。せいぜい健康に留意して100歳までゲートボールでもしていてくださいお願いですから。

こういう本を買って悦に入っている暇があれば同じだけのパワーをかけて普通の書籍を読め。物事を覚える努力をしろ。新しいことに手を出せ。大人のドリルなどという一度通過した道にあえて踏み込んで後ろ向きの達成感に浸っている輩はそれだけで知的に怠惰であることに無自覚な端的にいえばなまけものである。

そしていうまでもないことだが、私はドリルが苦手である。